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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)245号 判決 1979年5月10日

原告

共栄火災海上保険相互会社

ほか一名

被告

医療法人聖愛会

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告共栄火災海上保険相互会社に対し、金一〇〇〇万円、原告遠峰康男に対し金二一九万五二三一円及び右各金員に対する昭和五三年二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  昭和四五年四月二八日午前九時四〇分ころ、訴外小田切弘一(以下亡弘一という。)が自家用普通乗用自動車(スカイライン、茨五ま一一五五)を運転して茨城県稲敷郡東村山佐原下手地内国道一号線を走行していたところ、訴外渡辺猛運転にかかる原告遠峰康男所有の自家用普通貨物自動車(ダンプカー、茨一さ二三〇九)が道路中央線を越えて進行してきて亡弘一運転の車両に衝突し、そのため亡弘一は顔面打撲切創、胸腹部挫傷、両側肘関節部及び両側膝関節打撲擦過傷の傷害を負つた。

2  亡弘一は右受傷により事故当日の昭和四五年四月二八日から同年七月一日まで(六五日間)被告病院に入院し治療を受けたが、尿毒症により右七月一日死亡した。

3  右は、被告が亡弘一の父である小田切信太郎との間で事故当日の昭和四五年四月二八日締結した既往性である腎臓病及び本件事故による受傷部位に関する治療契約に基き、的確に診断及び治療行為をなすべき債務を負つているのにもかかわらず、被告及び被告の被用人である方波見誠が右債務を尽さなかつたことに因るもので、したがつて、被告は第一次的には民法七一五条により、第二次的には債務不履行により右亡弘一の死亡に基く損害賠償義務を負うものである。

4  ところで、亡弘一の長女である小田切秀子、父母である小田切信太郎、同シン及び内縁の妻であつた訴外内島好江は、昭和四六年一〇月一八日、水戸地方裁判所土浦支部に本件原告遠峰康男及び訴外渡辺猛を被告として、前記交通事故に基く損害賠償請求訴訟を提起したので、本件原告遠峰康男は被告に対し訴訟告知の手続をしたところ、被告は昭和四八年三月三日右小田切秀子らに補助参加をした。

右訴訟については、同裁判所において昭和四九年五月三〇日、亡弘一は前記交通事故と被告の医療過誤とが競合して尿毒症により死亡したものであるとして、本件原告遠峰康男は小田切秀子らに対し既受領の自動車損害賠償責任保険金五五〇万円の外に合計金一一六九万五二三五円及びこれに対する遅延損害金を支払えとの判決がなされた。

そこで、本件原告遠峰康男らは直ちに控訴申立をし、交通事故と死亡との間の因果関係を争つたが、東京高等裁判所は昭和五二年一〇月一一日、亡弘一の死亡は交通事故と医療過誤との異時共同不法行為によるものであるとして控除を棄却するとともに、原判決主文第一項を次のとおり変更する旨の判決を言渡し、同判決は確定した。

控訴人らは各自

(一) 被控訴人小野沢秀子に対し、金九九五万八五六七円及び内金九四五万一九〇一円に対する昭和四六年一〇月二九日

(二) 被控訴人小田切シンに対し、金一〇二万六六六六円及び内金九三万三三三三円に対する前同日

(三) 被控訴人内島好江に対し、金七七万円及び内金七〇万円に対する前同日

(四) 被控訴人小田切寿、同野口恵子、同山崎栄子、同池田葉子、同小田切栄作、同田中米子に対し、各金七万三三三三円及び内金六万六六六六円に対する前同日

以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え(なお右(四)記載の被控訴人らは小田切信太郎が死亡したため相続人として訴訟を受継し新たに被控訴人となつたものである。)。

5(一)  原告共栄火災海上保険相互会社(以下原告共栄という。)は、昭和四四年一二月一六日、原告遠峰康男との間で、前記加害自動車を保険の目的とする対人賠償保険金額一〇〇〇万円の自動車保険(任意)契約を締結した。ところで、前記のように原告遠峰康男が訴外小田切秀子らに対し損害賠償義務を負担することが確定したため、原告共栄としても保険金支払義務が発生したので、昭和五二年一一月二六日原告遠峰康男に代つて右訴外人らに対し、金一〇〇〇万円を支払つた。

(二)  また原告遠峰康男は、前記判決により訴外小田切秀子らに対し、元金一二一九万五二三一円及び遅延損害金三四四万五五七一円合計金一五六四万八〇六円の支払義務を負うに至つたが、昭和五二年一一月二八日、右訴外人らとの間で、同年一一月末日かぎり金二一九万五二三一円、同年一二月末日かぎり金一〇〇〇万円を支払つたときは残額の支払債務の免除を受ける契約を締結し、右金一〇〇〇万円については前記のとおり原告共栄が支払い、残金二一九万五二三一円については原告遠峰康男が昭和五二年一一月二六日金一一九万五二三一円、同年一二月二九日金一〇〇万円合計二一九万五二三一円を支払つた。

6  よつて、被告に対し、求償権に基き原告共栄は金一〇〇〇万円、原告遠峰康男は金二一九万五二三一円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年二月三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中主張の日時場所で亡弘一運転の車両と訴外渡辺猛運転の車両とが衝突し、同衝突により亡弘一が主張の傷害を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。被告に債務不履行はなく、方波見誠に過失はない。

4  同4の事実はすべて認める。ただし判決中医療過誤の存在についての説示は傍論である。

5  同5の事実は不知

三  被告の主張

1  仮に、亡弘一の死亡が交通事故と医療過誤との競合によるものであるとしても、その場合責任は過失割合によつて負うべきで、被告が全部の責任を負ういわれはなく、しかも被告の責任は訴外渡辺猛及び原告遠峰康男のそれに比し僅少である。

2  また、亡弘一が交通事故により受けた傷害は全治一か月の入院加療を要するものであつたから、次の損害合計金六二万二九六五円をまず総損害額から控除すべきである。

(一) 逸失利益

年間一〇五万円の収入のうちの一か月分金八万七五〇〇円

(二) 慰藉料

金三〇万

(三) 入院治療費

金二八万七一〇〇円のうち二分の一にあたる金一四万三五五〇円

(四) 入院雑費

一日金三〇〇円の一か月分金九〇〇〇円

(五) 附添看護費

昭和四六年五月一日から同年六月三〇日までの金一六万五八三五円の二分の一にあたる金八万二九一五円

四  被告の主張に対する認否

被告の主張はすべて争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告ら主張の日時場所で、亡弘一運転の車両と訴外渡辺猛運転の車両とが衝突し、亡弘一が原告ら主張の傷害を負い、事故当日の昭和四五年四月二八日から同年七月一日まで被告病院に入院して治療を受けたが、尿毒症により右七月一日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  ところで、原告らは、右弘一の死亡について、被告に診断及び治療上過失ないし債務不履行があつた旨主張するが、これを認めるに足る証拠がない。すなわち、原告らは亡弘一に腎臓病の既往症があつたのにこれに対する適確な診断治療をしなかつたと主張する。確かに成立に争いのない甲第五号証、第六号証の五、証人兼鑑定人草間悟尋問の結果によつて成立の認められる甲第九号証及び同尋問の結果によると、本件尿毒性が事故による受傷に因るものか否かそれ程明確とはいえず、内科的なものであることの疑いがあり、かつ亡弘一の遺族らが本件原告遠峰康男らを相手方として提起した損害賠償請求訴訟において亡弘一に腎臓病の既往症があつたことは当事者間に争いがなかつた事実(同事実は成立に争いのない甲第一号証によつて明らかである。)と併せると、亡弘一に腎臓病の既往症があつた疑いが濃いが、しかしながら証人内島好江の証言によると、同女が内縁関係にあつたここ三年余亡弘一は腎臓病を患つたことも薬を服用していたこともなかつたことが認められ、しかも成立に争いのない甲第八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一ないし三及び被告代表者尋問の結果によると、亡弘一の入院当時における尿の状態は潜血は微量あつたものの尿量は正常で、尿糖、尿蛋白は陰性であつたことが認められ、これらの事実からするならば、亡弘一に腎臓病の既往症があつて、入院時なお罹病していたとは認め難く、亡弘一の診断治療に当つた被告病院の理事であり、医師である方波見誠が入院時において、その点について問診をせず、尿比重も検査しなかつた(同事実は前掲乙第一号証の二によつて認められる。)としても、それをもつて被告に過失ないし債務不履行があつたとすることはできない。

そしてまた、前掲甲第八号証、乙第一号証の一ないし三及び被告代表者尋問の結果によると、亡弘一は入院時に尿潜血があり、五月二〇日には顔面やや浮腫を呈し、六月八日には全身浮腫状態となり、同月一八日には腎臓機能検査を実施したところ、機能が低下しているとともに血液中の残余窒素量が高まつていることが判明し、尿毒症と診断できる状態に至つていた外、右各時点いずれにおいても尿潜血があつたにもかかわらず、方波見誠医師は一度も腹部のレントゲン撮影を行わなかつたことが認められ、その点において過失ないし債務不履行があつたものと考えられなくはないが、一方前掲乙第一号証の二、三及び被告代表者尋問の結果によれば、方波見誠医師は、亡弘一の腹部の傷は膏薬を貼付すれば充分な程度のもので、尿潜血も微量で腎臓破裂を疑わせるようなものでなく、尿量も正常であつたから、レントゲン撮影の必要はなかつた旨供述しており、右供述が単なる弁疎にすぎないとして、直ちにこれを排斥すべきとする資料も他に見出せないから、レントゲン撮影を行わなかつたことをもつて過失ないし債務不履行と断ずることはできないのみならず、その後の治療においても、本件亡弘一のカルテである甲第三号証(同号証について原本の存在及び成立については当事者間に争いがない。)の記載が甚だ簡略で、果して前記病状の経過に対応して適切な治療がなされたのか疑いの余地があるが、前掲乙第一号証の一、二及び被告代表者尋問の結果によると、もともと尿毒症に特効薬はなく、方波見医師は亡弘一に安静療養を命ずるとともに、ネフラルビン、ケベラ等の注射、チトレビーの点滴、塩化リソチーム錠、ネフラーゼ、アデホスコーワ(除蛋白剤)の投薬など対症療法としての治療は尽した旨供述しており、これまた右供述が単なる弁疎にすぎないとしてこれを排斥するだけの資料もないから、適切な治療がなされなかつたと断ずることもできない。さらに前記のように六月一八日には腎臓機能検査の結果等から尿毒症の診断が下されたのであるから、それ以前か少くとも右時点で他の設備の完備した病院に転送すべきであり、それをしなかつた点において過失ないし債務不履行があつたと考えられなくはないが、もともと転院させるか否かは患者の症状の程度、当該病院の医療設備ならびに医師の技量等によつて決定されるべき問題であるうえ、前掲乙第一号証の二、三及び被告代表者尋問の結果によれば、亡弘一は六月一八日ころから急激に症状が悪化したもので、それまで転院させる程の症状になかつたものであり、その後は適切な転院先と考えられる水戸市の国立病院までだと、距離も遠く、しかも当時は道路事情が悪く、搬送することが困難で、かえつてそれによつて死亡する虞れもあつたので転院させなかつたことが認められ、そうだとするならば、右転院の処置をとらなかつたことをもつて被告に過失ないし債務不履行があつたものとすることもできない。

以上要するに、亡弘一の尿毒症の原因が必ずしも明らかでなく、被告病院における診断治療において、カルテの記載不備と相まつて過失ないし債務不履行があつたのではないかとの疑いが払拭しきれないが、さりとて本件全証拠をし細に検討しても、被告に過失ないし債務不履行があつたと断ずることはできないものというべきである。

三  そうだとするならば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

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